2009年06月26日

武装勢力抗争の激化

アスカリ廟爆破以来、報復合戦となったシーア派とスンニ派の衝突は、3月に入ってからは沈静化したものの、一部で内戦の危機と報じられたが、多国籍軍はこれを否定した。しかし、一方で米メディアなどはイランの武装勢力が侵入してテロ工作をしていると報道し、アメリカ政府高官や軍もイランを(核開発問題を絡めて)非難している。しかし、イラク戦争自体が情報操作の産物だった過去の例を考えれば、またしてもアメリカの責任転嫁を目的とした情報操作である可能性もある(2007年9月現在、イラン関与の確たる証拠は公表されていない)。武装勢力にはイラク人がシーア派、スンニ派、クルド人のグループがそれぞれいくつもあり、シーア派にはイランからの支援が、スンニ派はシリアが援助しているとも言われる。ただし、シリアは少数派のシーア派系アラウィ派がスンニ派を支配する国家形態であり、イラクのスンニ派政権とは長年対立を続けてきたため、これに積極的な支援を与えているわけではないとの見方も存在する。また、フランスに海外拠点を置く旧バース党残党も他のスンニ派勢力と連携して活動を続けていると見られ(バグダッド市ドーラ地区、アザミヤ地区を実質的に支配)、国外からもイスラム原理主義勢力などが侵入していると「戦闘終結宣言」直後からささやかれていた。アメリカは内戦ではないと主張しているものの、実際のところ、これらの武装勢力が群雄割拠して、それぞれがテロ攻撃を繰り返しており、民間人の死者が増加し続けている。
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一方、アメリカ兵の死者は2005年10月から減少に転じていたが、これは危険地域の警備をイラク警察や国家警備隊、親米武装勢力に移譲しているからだと指摘されている。この間、テロ発生件数は横ばいであるが、多国籍軍への攻撃は減少しており、その分イラク人を標的にしたものが増加した。 また、2006年10月からは宗派抗争を通じて影響力を更に強めた武装勢力各派が対米攻撃を再度激化させ、米軍死者数は再び増加の傾向を見せている。

2009年06月10日

アレルギー(独 Allergie)とは、免疫反応が

アレルギー(独 Allergie)とは、免疫反応が、特定の抗原に対して過剰に起こることをいう。免疫反応は、外来の異物(抗原)を排除するために働く、生体にとって不可欠な生理機能である。

アレルギーが起こる原因は、生活環境のほか、抗原に対する過剰な曝露、遺伝などが原因として考えられている。なお、アレルギーを引き起こす環境由来抗原を特にアレルゲンと呼ぶ。最近では先進国で患者が急増しており、日本における診療科目・標榜科のひとつとしてアレルギーを専門とするアレルギー科がある。

自己免疫疾患はアレルギーと異なり、自己の持つ抗原に対して免疫反応が起こる疾患である。内因性のアレルゲンによるアレルギー反応が病態となっている点が異なるが、その機序は同一である。
スノーボード
ベジタリアニズム
キャラクター
絵画
甲殻類
潮干狩り
相撲
就学前教育
月経
緩歩動物
エイズ、HIV感染
信越地方
切り絵
鳥類
新婚旅行
盆栽
夜景
御節料理
カーナビゲーション
里山

アレルギー疾患
外部からの抗原に対し、免疫反応が起こる疾患。ただしその抗原は通常生活で曝露される量では無害であることが多く(たとえば春先の花粉そのものが毒性を持っているわけではない)、不必要に不快な結果をもたらす免疫応答が起こっているといえる。 アレルギー性疾患とも言う。
代表的な疾患としては アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎(花粉症)、アレルギー性結膜炎、 アレルギー性胃腸炎、気管支喘息、小児喘息、食物アレルギー、薬物アレルギー、蕁麻疹があげられる。

自己免疫疾患
自己の体を構成する物質を抗原として、免疫反応が起こる疾患。特定の臓器や部位の障害、炎症をもたらしたり、全身性の症状を呈する場合がある。
代表的な疾患としては関節リウマチといった膠原病や円形脱毛症があげられる。

衛生仮説 [編集]
環境が清潔すぎると、アレルギー疾患が増えるという衛生仮説は非常に話題となっていた[1]が、近年、ドイツを中心とする医科学チームの研究により乳幼児期におけるエンドトキシンの曝露量が、以後の花粉症やぜんそくの発症に密接に関係していることが明らかにされた。これは、乳幼児期の環境が清潔すぎると、アレルギー疾患の罹患率が高くなるという衛生仮説を裏付ける重要な報告である[2]。

また、これらの研究を取り上げたドキュメンタリー番組「病の起源 (NHKスペシャル) 第6集 アレルギー ?2億年目の免疫異変?」が2008年11月23日(日) 午後9時?9時49分にNHK総合テレビで放送された。

2009年06月07日

頭形兜(ずなりかぶと)は室町時代末期に

頭形兜(ずなりかぶと)は室町時代末期に発生した兜の一形式。筋兜を簡略化した形で、3?5枚と少ない鉄板から成り、制作の手間もコストも比較的低かった事から戦国時代に広く使用された。
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【古頭形】 各種頭形鉢のうち、最も初期に発生したものと考えられている。 中世末期に多く作成され、張懸兜のベースとなったものや眉庇を当世眉庇に改造されて江戸期にまで使用されたものも多くある。 特徴として、後に出現する日根野頭形鉢より小振りで鉢が浅く頭部によく馴染む形状をしている他、天辺の穴、四天の穴が開けられている。 目庇は強く抉込んだ眉形の卸眉庇や技巧的な眉形を刻み、眉型の打出しや部品を取付けた付卸眉庇が多く見られるが、穴山信君の甲冑注文書には「かふととうなり、しころ五さけ、まみほしかふとのことく」とあり、頭形に筋兜のような出眉庇を取付けたと考えられている。 シコロは笠シコロか杉形シコロであり、日根野シコロの付いたものは後世に仕立て直されたものである。 多くは1〜3段のシコロであるが、上記甲冑注文書の様に5段下げのシコロも用いられた他、西日本を中心に割シコロも多く用いられた。 金剛寺所蔵の古頭形は一段笠シコロの先端から骨牌金の割シコロが付いている。 吹返しは大きな一枚鉄を四角形に切り抜いたものを湾曲させたものを用いる事が多く、吹返しの中央に花弁型の透かしが入る。

2009年04月23日

場の空気

場の空気(ばのくうき)という表現は、コミュニケーションの場において、対人関係や社会集団の状況における情緒的関係、力関係、利害関係など言語では明示的に表現されていない、もしくは表現が忌避されている関係性の諸要素のことなどを示す日本語の慣用句であり、近年日本社会においては流行語KYとほぼ同時期の複数の発刊書籍などによる複数の意味的文脈の付帯が見られる。「場の」はつけず、ただ「空気」と表現されることも多い。

現在では、集団や個々人の心情・気分、あるいは集団の置かれている状況を指すことが多いが[1]、人によって指し示す範囲は若干異なる。

書籍としての初出は山本七平の著『「空気」の研究』(1977年)である[2]。

あるハウツー本では場の空気を読む、すなわち場の空気を意識することは暗黙知であり、心理学ではこのような能力を「社会的知能(ソーシャル・インテリジェンス)」と呼んでいる[3]としている。そのような能力は「EQ」(情動指数、心の知能指数)という呼び方でも知られている。特に対人心理学では、このようなコミュニケーション上の機微を習得可能なもの(=技能)として捉え、社会技能と呼ぶ。つまり、対人心理学においては、対人関係の巧拙を生得的なもの(=性格)としては捉えない。

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また、ある側面において日本特有の事象があるとする人もいる。(下記参照)

2007年には、「空気を読めない」を略してKYという言葉が一部のマスメディアで取り上げられる様になり、同年の新語・流行語大賞にノミネートされたが落選した

2009年04月22日

オルメカ

オルメカ(Olmeca、オルメカ文化、オルメカ文明)は、メキシコ湾岸のベラクルス州南部からタバスコ州を中心としてメソアメリカ全域に先古典期の紀元前1250年頃から紀元前後にわたって栄えた文化、文明の名称。もともとはナワトル語で、「ゴムの地の人」という意味でスペイン人到来時に、メキシコ湾岸南部に住んでいた人々を指した。しかし、アステカ時代である後古典期にその地に住んでいた人々がオルメカ文明の担い手であったわけではなく、この名称が先古典期にメキシコ湾岸で繁栄した文明の呼称として一般的に広く定着しているために「オルメカ」の名称を用いている。

サクソニ ルンバー ソブー ミルク てやり ライフ レビス 待ちぼう マジシャン 青春 オーバ フェー スクリュー ディトム チグリ ファーレ レギュレ レゾナ クホス フェムド オタク サテュロス マキシ るもい ステッチ チヂミ ボート トップ ジャッ 大同情報 ジュラル ストロ カバオ ルビー ブロー キング イラマチオ 月夜の オブシデ ジップ ギモーブ マッチ 幸運快適 つる菜 ラナイ メコン リイシュー スラッシ ローテー だて

特徴として、メキシコ湾岸のサン=ロレンソ(San Lorenzo)、ラ・ベンタ(La Venta)、トレス=サポーテス(Tres Zapotes)に見られるネグロイド的風貌の巨石人頭像(Colossal Head)、球戯者の像、レスラーのような格闘技を行なう者の像、「ジャガー=人間」の神、ベビー=フェース像と呼ばれる石彫やレリーフに見られる像である。ベビー=フェース像は、しばしば、頭蓋変形をなされた細い頭で表現される。また翡翠や蛇紋岩製の磨製石斧を並べたり、ラ=ヴェンタでは、ジャガー神の顔を表現したと考えられる敷石遺構が見られる。これらは、翡翠の象徴する水、斧の象徴する焼畑農耕、雷、雨神を表し、一種の儀式に用いられたと考えられている。

2009年04月05日

読本

読本(とくほん)は、語学の教科書や一般向けの入門書。外国語教育において、文法、会話などと並ぶ、文章を読解することおよびそのための能力を育成することを目的とした課程およびそのための教科書などの名称。
読本(よみほん)は、江戸時代後期の戯作の形式の一種。本項で記述する。

読本(よみほん)は、江戸時代後期に流行した伝奇小説。寛政の改革以降流行し、文化文政の頃全盛となり、幕末にかけて衰退した。
口絵や挿絵もあったが、文章中心の読み物であるところから読本と呼ばれた。史実に取材することがあっても基本的にフィクションであり、勧善懲悪思想などを中心に据えた読み物であった。娯楽性も強いが漢語が散りばめられ、会話文主体で平易な滑稽本や草双紙などと比べ文学性の高いものと認識されており、比較的高価である。印刷技術や稿料制度など出版の体制が整っていたこともあり多くの読者を獲得したが、大衆的で廉価な発行部数などは草双紙に及ばない。江戸や大阪の町で上田秋成、曲亭馬琴、山東京伝といった作者が活躍した。

歴史 [編集]
当時の中国文学の白話小説から影響を受けて生まれた。古典とは違い同時代の中国語で書かれた白話小説は、唐通事という当時の中国語通訳のための教科書として日本に持ち込まれたが、やがてそれらの小説を実用目的ではなく楽しみとして読むものが現れ、影響を受けた創作や翻訳を行うものが現れた。特に荻生徂徠らに中国語を教えたこともある岡嶋冠山、さらに岡田白駒、都賀庭鐘、沢田一斎らによって出版物や講義の形で一般に俗語小説が広められ、読本が生まれる環境が作られた。

そのため初期読本は古典的知識を持つ知識人層によって書かれた。白話小説からの翻案が行われ、さらに18世紀の後半には単なる翻案に留まらない『雨月物語』などの代表作が書かれ初期読本が栄えた。

明治時代に入ってからも馬琴の評価は高く、坪内逍遥や二葉亭四迷によって近代文学が打ち立てられるまで日本文学は読本など戯作の影響を逃れなかった。

バポス ランパン スモーク ワード ねじめ ブルー ケチャ ゴム編み じゃっこ リッチ マリンスノ ラーマー パブコメ フェテ タリア 森の小人 ザイール パパ シエナ ユニット アセビ ムスク フォルタ メンテ ミサンガ ディス ジーンズ ニュート ブラッシ ブロック タイチュー ブルネット フラワー チュート ダブル クーチュ エアリアル スワジ 地平線 セミオート パテント 黒いカバン リンパ バトン 人魚姫 ハンドガン ラスプーチ スイン クラウト ターテー

2009年03月21日

座席指定席

座席指定席(ざせきしていせき)とは、日時や座席番号、交通機関においては便名、鉄道の列車・バスでは号車をも指定して発行された座席指定券で示し、指定を受けた利用者のみが利用できる座席のこと。単に、指定席とも称する。
ドタキャン ターム みゅすか オプテ オースト ヌクレ バコマ ソプラ シャン ライナ オオボ チョン ネコン ブロス ロード おおだま バリア チャーム ヤブコウジ シアター 風模様 フェニック ジェット サーチ群青 トウバ マルア コンバレー サンベ ジャンパ アパチャー フィジカ キュリー スカンジ シガー タワナ マンガ グーイ デュオ トリレ ラジアン ピーチ パール チーム ビースト オシロ エリトリア トラッ トデー 樹やしき リュウノヒゲ

座席を指定することによって利用者に着席を保障している。

利用者に着席を保障する方法としては定員制もある。この場合は日時や便名・号車は指定されているが、座席番号までは明確に指定されていない。

一部の映画館・劇場・球場等では日時や座席を指定することで、観客・利用者の便を計る目的と主催者が把握しやすいという側面がある。また、映画館・劇場等などでは日時と座席番号が別途の座席指定券でなく、入場券等に記載されている。

市街地に立地する従来の、商業施設から独立した形態の映画館では自由席を基本として入場者数も制限せず立ち見となる場合も少なくなかったが、近年の大型商業施設内等で営業するシネマコンプレックスやミニシアターではスクリーン(講堂)と上映時間、席番が指定されるのが基本で、大型連休や学校の長期休暇の期間の一部の人気作品上映時以外、基本的には座席が観客に確保されている。またインターネット経由でパソコン端末や携帯電話端末から座席の予約・クレジットカード決済することも一般的になってきており、劇場カウンターの混雑緩和に効果が出始めている。

座席のネット予約が可能な主な劇場・劇場グループ [編集]
TOHOシネマズ
ワーナー・マイカル・シネマズ
109シネマズ
コロナワールド
イオンシネマ

交通機関 [編集]
交通機関の場合には、旅客列車や路線バス、飛行機などで、日時や座席番号、便名(列車名)を指定して発行された指定席券または特急券・乗車券等で示し、乗車することができる座席ないしは、全部または一部をそのような形式で供される車両(座席指定車)のことを指す。

一般に公共交通機関の場合、着席できないと運行上及び保安上好ましくない航空機・高速バス等を除いて、座席が指定されていないものが基本であり、また利用客が交通機関の1便で定員を超えるほど多くないという前提であれば、座席を指定する必要が無いが、飛び抜けて利用者が多く定員を超える、ないしは、利用者に対するサービスの品質を落とす場合があると公共交通機関の運営者が認めた際に発行することが多い。

2009年03月06日

18世紀に使用されていた各種の戦列艦を甲板の数と門数

18世紀に使用されていた各種の戦列艦を甲板の数と門数で分類して解説する。等級はイギリス海軍によるものである。順序は概ね登場年代による。なおこれらの分類に使用される砲門数は実際の搭載数と一致しないことがある。また各分類により使用する砲が異なり、一般に搭載門数が多いほど大口径の砲が増えるために戦力としての評価は必ずしも門数に比例しない事にも注意。

2層艦
小型で操作性、経済性に秀でた2層艦は一貫して戦列艦の主流であった。

70門艦(3等)

最初期の2層艦の中では最大級の艦で、当初から多用された。しかし1680年代になるとより大きな2層80門艦が出現する。その後も寸法規定期間を通じて50門艦の次に多い戦列艦だったが、多くの艦が1740年代に改装を受けて砲を64門程度に減らし、70門艦は衰退した。

性能諸元(イギリス、1719年の寸法規定)

甲板長:151ft (46.0m)
全幅:41ft 6in (12.6m)
喫水:17ft 4in (5.3m)
武装:70門
上砲列:12ポンド(5kg)砲26門
下砲列:24ポンド(11kg)砲26門
後甲板:6ポンド(3kg)砲14門
艦首楼:6ポンド(3kg)砲4門
60門艦(4等)

60門艦は50門艦と70門艦の中間的な艦種であり、両者に比べて数は少なかった。これらの艦もまた寸法規定廃止後に消滅した。

性能諸元(イギリス、1719年の寸法規定)

甲板長:144ft (43.9m)
全幅:39ft (11.9m)
喫水:16ft 5in (5.0m)
武装:60門
上砲列:9ポンド(4kg)砲26門
下砲列:24ポンド(11kg)砲24門
後甲板:6ポンド(3kg)砲8門
艦首楼:6ポンド(3kg)砲2門
50門艦(4等)

50門艦は当初最も小型の戦列艦とされた艦種である。その簡便性ゆえに最も多用されていたが、18世紀後半になると大型化していく主力艦に対抗できなくなり、戦列艦として主要海軍国の海戦に参加することは少なくなった。しかしその後も戦列艦が活動できない浅海域、特にバルト海や北米沿岸での需要にこたえるために建造は続けられた。

性能諸元(イギリス、1719年の寸法規定)

甲板長:134ft
全幅:36ft (11.0m)
喫水:15ft 2in (4.6m)
武装:50門
上砲列:9ポンド(4kg)砲22門
下砲列:18ポンド(8kg)砲22門
後甲板:6ポンド(3kg)砲4門
艦首楼:6ポンド(3kg)砲2門
64門艦(3等)

64門艦はより大きな2層艦の大口径化や、あるいは小型の3層艦の甲板数を減らすことで18世紀中盤に量産された艦種である。一時は74門艦とともに多用されたが、1770年代からフランス海軍が74門艦への統一を進めたため主要海軍国では建造されなくなった。なお、不要になった64門艦の一部はフリゲートに改装された。44門フリゲートとして知られているインディファティガブルも当初は64門艦であった。

性能諸元(エイジャ、イギリス、1764年)

甲板長:158ft (48m)
全幅:44ft 6in (13.6m)
喫水:18ft 10in (5.7m)
武装:64門
上砲列:18ポンド(8kg)砲26門
下砲列:24ポンド(11kg)砲26門
後甲板:4ポンド(2kg)砲10門
艦首楼:9ポンド(4kg)砲2門
74門艦(3等)

74門艦は1740年代にフランスで生まれた艦種である。戦力と経済性のバランスが良かったため、約1世紀にわたり戦列艦の主流であった。上層に18ポンド砲を装備するのが一般的だが、24ポンド砲を配した大型74門艦も存在した。

性能諸元(コンケラン、フランス、1747年)

甲板長:55.1m
全幅:14.1m
喫水:6.8m
武装:74門
上砲列:18ポンド(8kg)砲30門
下砲列:36ポンド(16kg)砲28門
その他:8ポンド(4kg)砲16門
80門艦(3等) 2層80門艦はまず1680年ごろに70門艦の拡大型として生まれたが、すぐに80門艦は3層甲板が一般的になって衰退した。18世紀後半になると増加する74門艦に対抗してフランスが2層80門艦を導入したが、やはり主流とはならなかった。これはともに2層艦としては全長が大きすぎ、強度が不足するためである。しかしフランスは80門艦の建造を続け、やがて19世紀に入ると技術的な問題が解決されて80門以上の2層艦が増え始めた。

性能諸元(サン=エスプリ級戦列艦、フランス、1765年)

甲板長:59.8m
全幅:14.9m
喫水:7.5m
武装:80門
上砲列:24ポンド(11kg)砲32門
下砲列:36ポンド(16kg)砲30門
その他:18ポンド(8kg)砲18門
ナポレオン戦争以降の2層艦は74門から98門まで徐々に大型化していった。

3層艦
3層艦はより大型で、扱いにくかったが戦力としての価値は高かった。

100門艦(1等)

戦列艦の発祥から18世紀後半までの間、最大の軍艦は砲100門を装備するのが普通だった。これらは希少性が高く、普通は本国で旗艦として使用されており植民地などの遠方に派遣されることは無かった。18世紀終盤になると110門艦や120門艦が登場し、100門艦は減少した。

性能諸元(イギリス、1719年の寸法規定)

甲板長:174ft (53.0m)
全幅:50ft (15.2m)
喫水:20ft (6.1m)

武装:100門
上砲列:12ポンド(5kg)砲28門
中砲列:24ポンド(11kg)砲28門
下砲列:32ポンド(15kg)砲28門
後甲板:6ポンド(3kg)砲12門
艦首楼:6ポンド(3kg)砲4門
90門艦(2等)

90門艦は費用のかさむ100門艦の廉価版としてイギリス海軍で多用されていた。18世紀後半に大型の2層艦が出現すると陳腐化し、1780年ごろから98門艦に強化された。

性能諸元(イギリス、1719年の寸法規定)
ション トリソウ コホシュ 砂漠 スタディ イライン リセッセ シミュレ タリオ ドライシ アカネス 晴レルヤ グレープフ イナル タラップ クォーラム ウンセケ ブルート シュガ オートク しむか かんげん ボール 海辺の扉 ブィク バック ミディア 蛍の光 スクリュ 天喜人気 チーズ セラピー ゴリラ コレク ブックパカ テクタイト スローピン サンダー タータン ガイドヒヒ シトリン プリ マップ テークオフ シュビル クイヤン バンド トピック SEOタウンテニス シーディー

甲板長:164ft (50.0m)
全幅:47ft 2in (14.4m)
喫水:18ft 10in (5.7m)

武装:90門
上砲列:9ポンド(4kg)砲26門
中砲列:18ポンド(8kg)砲26門
下砲列:32ポンド(15kg)砲26門
後甲板:6ポンド(3kg)砲10門
艦首楼:6ポンド(3kg)砲2門
80門艦(3等)

3層80門艦は1680年ごろ2層80門艦の誤発注によって誕生した艦種である。結果的に3層艦の方が優れていることが判明し、しばらくの間多用された。これらも74門艦の影響で陳腐化して消滅した。

性能諸元(イギリス、1719年の寸法規定)

甲板長:158ft (48.2m)
全幅:44ft 6in (13.6m)
喫水:18ft 2in (5.5m)

武装:80門
上砲列:6ポンド(3kg)砲24門
中砲列:12ポンド(5kg)砲26門
下砲列:32ポンド(15kg)砲26門
後甲板:6ポンド(3kg)砲4門
110門艦(1等)

110門艦は18世紀後半に100門艦の拡大型として建造されたが、すぐに120門艦が登場したため数は多くない。しかし蒸気推進時代に至るまで少数が建造され続けた。

性能諸元(ブルターニュ、フランス、1766年)

甲板長:56m
全幅:15m
喫水:7.5m
乗員:1200名
武装:110門
上砲列:12ポンド(5kg)砲32門
中砲列:24ポンド(11kg)砲32門
下砲列:36ポンド(16kg)砲30門
艦首楼:6ポンド(3kg)砲16門
98門艦(2等)

98門艦は90門艦の武装強化版としてイギリス海軍で1780年ごろ導入された。しかし3層2等艦自体が1等艦の廉価版という性質が強く、フランス海軍ではこの種の艦はほとんど使用されなかった。イギリスも19世紀に入ると98門艦を建造しなくなるが、当時のトラファルガーなどの海戦で98門艦は重要な存在だった。

性能諸元(デューク級戦列艦、イギリス、1777年)

甲板長:177ft 6in (54.1m)
全幅:50ft (15m)
喫水:21ft 2in (6.5m)

武装:98門
上砲列:12ポンド(5kg)砲30門
中砲列:18ポンド(8kg)砲30門
下砲列:32ポンド(15kg)砲28門
後甲板:12ポンド(5kg)砲8門
艦首楼:12ポンド(5kg)砲2門
120門艦(1等)

後述のサンティシマ・トリニダーを除外すれば、1等艦が約120門に拡大したのは1790年ごろである。以後蒸気推進時代に至るまで120門艦は最大の戦列艦だと考えられていた。当初120門艦は非常に少なかったが、3層2等艦の置き換えにも使用されたため後代になると若干増加する。

性能諸元(ドーファン=ロワイヤル、フランス、1791年)

甲板長:65.18m
全幅:16.24m
喫水:8.12m
乗員:1,079名
武装:118門[3]
上砲列:12ポンド(5kg)砲34門
中砲列:24ポンド(11kg)砲34門
下砲列:36ポンド(16kg)砲32門
その他:8ポンド(4kg)砲18門、
36ポンド(16kg)カロネード6門
なおイギリスの蒸気推進戦列艦には131門や102門の3層艦が含まれていたが、これらが現役であった期間は非常に短い。

2009年02月14日

春恋*乙女 〜乙女の園でごきげんよう。〜

ごく普通の青年「早坂章仁」の通っていた学校「鷹宮学園」は少子化の影響を受け、不幸にもその年、廃校となってしまった。やむなく章仁は、やはり少子化が原因でその年から男女共学となった元女子学園「聖フランチェスカ学園」に編入することとなる。しかしそこはまるで少女漫画に登場するようなお嬢様ばかりの学園だった。しかも共学になりたてということもあって、編入先のクラスの男子生徒は章仁ただ一人。今まで会ったこともないような上流家庭の同級生達に囲まれカルチャーショックを受けつつも彼は、お年頃な妹「羽未」や完全無欠の超お嬢様「如耶」、再会した幼馴染の「結衣佳」に神秘的な後輩「ソーニャ」、勝気な同級生「莉流」におっとりした先輩の「彩夏」、そして馴れ馴れしい男友達「及川」らと共に刺激に満ち溢れた学園生活をスタートさせる。

本作では主人公「早坂章仁」に対して、「早坂羽未」「不動如耶」「芹沢結衣佳」「桐生ソーニャ」「織戸莉流」「楠原彩夏」という6人の攻略対象ヒロインが存在する(携帯電話版ではソーニャと彩夏は攻略不可)。しかし、章仁の妹である羽未や同級生の結衣佳・莉流はどのルートでもある程度登場するのに対し、先輩に当たる如耶・彩夏の2人はそれぞれの攻略ルートに積極的に入ろうとしなければほとんど登場することがなく、下級生であるソーニャの出番も羽未ら3人に比べるとやや少ない。また、男性キャラクターである「及川祐」は、ほとんどのルートで頻繁に登場する。したがってゲーム全体を通しての実質的な主要登場人物はむしろ章仁・羽未・結衣佳・莉流・及川の5人だと言える。
こどまり バーベキュー スターライト ハンバ むぎわら ヘデラ スクエア レポレート タチアオイ かささ あとがま レムリア 紙飛行 モノカイ サフル サウジ ラノオ ダクション かしはら デコラ フルス レべリング クンツ フェライト かぶとが ピンチ ナビユタ わらび野 コロポ リパー ライセ あねご トーテム 世界一周 しゃな ロコモー シュー ファーム てごろ ンソウ ドライ リード オミット ドルチェ イズム セッティ スイート ハジサー つきほと 桃一郎

主人公
早坂 章仁(はやさか あきひと)
聖フランチェスカ学園2年V組(ソレイユ)に編入学することになった主人公。性格は真面目とは言い難く、宿題を忘れたり寝坊して遅刻しそうになることもしばしば。しかしその反面料理は得意であり、また紅茶を淹れることにはかなりの自信を持っており、紅茶の種類・製法・歴史などにも相当な知識がある。現在は特に打ち込んでいるものはないが、数年前までは剣道を習っていた。一学年下の妹・羽未のことを、いつもからかいながらも大切に想っている。今時の学生には珍しく、携帯電話を持っていない。小学校に上がる前交通事故に遭い、重症を負った経験がある。

メインヒロイン
早坂 羽未(はやさか うみ)
今春からフランチェスカの新入生となった章仁の妹。クラスは1年III組(リオン)。真面目で優秀なしっかり者でフランチェスカには特待生として入学した。いい加減な性格の兄を叱りつけることも多いが、自分のことを「羽未」と呼ぶなど根は無邪気で子供っぽい。だがその一方でB級ホラー映画が好きという変わった趣味の持ち主。また、大の牛グッズ好きでもあり、牛のぬいぐるみやアクセサリーの収集には遠慮をせず、寝るときにはいつも牛柄のパジャマを着ている。羽の形をしたヘアピンで髪を短いツインテールにしており頭頂部には一本のアホ毛がある。章仁には勿体ないほどよくできた妹だが、実はその兄には決して知られてはならないある大きな秘密を隠している。
不動 如耶(ふゆるぎ きさや)
大財閥・不動グループの御令嬢。クラスは3年I組(ロサ・エグランテリア)。背が高くスタイル抜群で成績トップの上、学生会長も務めており、全校生徒の憧れの的。学園内では、行く先々で「如耶姉さま」と呼ばれ、注目を浴びている。剣道部の主将も任されており、公式戦ではここ数年無敗の実績を誇る。また、時代劇も好きで「?でござる」など武士のような言葉を話し、自分のことを「それがし」、相手のことを「そなた」「お主」「?殿」と呼ぶ。プライドが高く、いかなるときも毅然としており自分にも他人にも厳しい性格で、何事にも懸命に正々堂々と取り組まなければ気が済まない。実は数年前に、章仁と一度剣道の試合をしたことがあり、そのときの出来事が思い出になっている。
芹沢 結衣佳(せりざわ ゆいか)
章仁の幼馴染で彼のことを「あきちゃん」と呼ぶ。章仁とは中学まで同じ学校に通っていた。章仁にとって結衣佳は初恋の相手であり、中学の卒業式に想いを告白したが結局幼馴染以上の関係にはなれなかった。その後はそれぞれ別の学校に進学したが、章仁のフランチェスカ編入によって再会を果たす。章仁と同じ2年V組(ソレイユ)に所属しており、教室では彼の後ろの席に座っている。羽未とも姉妹のように仲が良く、互いを「ウミちゃん」「ゆい姉」と呼び合う。ののほんとした天然ボケ系で一般人と少々ズレたセンスの持ち主であり、時々恐ろしいことをさらりと言ってしまうことがある。学園では料理部に所属しており、章仁が聞いたこともないようなオリジナルの創作料理をいつも作っている。勉強、家事などは基本的に得意だが掃除だけは苦手。
桐生 ソーニャ(きりゅう ソーニャ)
日本人の父とイタリア人の母との間に生まれた少女。長い金髪と碧色の瞳を持ち、神秘的な印象がある。幼い頃、不幸にして両親と別れ、その後フランチェスカ学園にある教会のシスター・桐生舞衣の養女として十年間育てられた。その後舞衣の教えのもと、シスター見習いとなって自らも教会の聖務に携るようになる。この春から羽未と同じ1年III組(リオン)に所属することになり、まもなく二人は親友同士となった。性格はおとなしく、とても礼儀正しい。しかし、感情が高ぶったときには養母である舞衣の故郷の言葉である関西弁を口走ってしまうことがある。好きな食べ物は納豆で、特に納豆をパンでサンドイッチにした「納豆サンド」には目が無い。人形を作るのが趣味で寮の自室は自分で作った動物の人形で溢れかえっている。
織戸 莉流(おりと りる)
章仁と同じ2年V組(ソレイユ)の生徒で、教室では彼の隣の席に座っている。小柄な体型であるがスポーツは得意で水泳部の主力メンバーでもあり、公式戦でも優秀な順位になることが多い。性格は活発で少し乱暴であり、思ったことを全く遠慮せずに口に出す。他の女生徒ほどお嬢様らしさを感じさせず、編入したてで初対面となる章仁にも軽く声をかけてきた。以来二人はケンカ友達のような関係となる。縦ロールの髪型が特徴で章仁からはたまに「ドリル」と呼ばれる。少々レズっ気があり、可愛い女の子達が大好きで、特に水泳部部長の松原麗架に強く憧れている。
楠原 彩夏(くすはら あやか)
3年IV組(ロサ・モスカータ)に在籍している先輩。優しくおっとりした性格で礼儀正しく母性感にもあふれており、自然と周囲を和ませる雰囲気を持つ。読書や料理が好き。フランチェスカの寮ではなく、学園外のマンションで一人暮らしをしている。章仁とは下校途中に、学園内に捨てられていた子犬を一緒に見つけたことをきっかけに知り合った。以来その犬に「はっさく」という名を付け、マンションで飼うようになる。家庭に何か深い事情があるらしく、家族の話になると口数が少なくなってしまう。心臓に持病を抱えており長い間病院通いを続けている。絵を描くことも好きで学園では美術部に所属。

その他
及川 佑(おいかわ たすく)
章仁と同様、今春からフランチェスカに編入してきた男子生徒。寮では章仁の隣の部屋。九州生まれで、大阪には観光で一度しか行ったことがないのにも関わらず、好んで関西弁を話す。やたらテンションが高く、ずうずうしい性格でしょっちゅう章仁の部屋に無断で上がりこんでは、勝手にテレビを観たり冷蔵庫の中を漁ったりしている。そのため、章仁に邪魔者扱いされることも多い悪友。その反面、成績は優秀でいざというときに章仁にとって頼れる味方になることもある。また次回作である『恋姫†無双 〜ドキッ☆乙女だらけの三国志演義〜』にも登場しておりここでも悪友といった立場になっている。
御子柴 夏子(みこしば なつこ)
新城 冬子(あらき ふゆこ)
章仁のクラスメイトである二人のお嬢様。いつも二人一緒にいる。通称「夏冬コンビ」。2年V組(ソレイユ)でただ一人の男子生徒である章仁に興味津々で彼のことを「章仁さま」と呼ぶ。莉流と同様美少女が好きで、学園中の女生徒のプロフィールが頭の中に入っているらしい。章仁の妹・羽未は、兄のクラスに行くといつも彼女達にまとわりつかれるので二人のことが苦手である。如耶編では夏子、冬子の親戚に当たる春菜、秋菜という二人の剣道部員も登場する。
松原 麗架(まつばら れいか)
莉流の所属する水泳部の部長。莉流からは「麗架さま」と呼ばれている。彩夏とは同じ3年IV組(ロサ・モスカータ)で親友同士。性格はマイペースで飄々としており、間延びしたような声で話す。人生経験豊富なお姉さまといった感じの人物で悩んでいる章仁にアドバイスをすることがある。莉流と同様レズで異性との恋愛には興味はないらしい。
有瀬 悠季(ありせ ゆうき)
章仁のクラスメイトで莉流と同じ水泳部員。ショートヘアが特徴で少年のように見える。章仁に対しての態度は無愛想で二人はお互いほとんど話したことがない。莉流と同じく麗架に強い憧れを抱いており、彼女の前でだけは明るい表情を見せる。実家は「有ノ瀬流」という茶道の流派の家元。
鳳 皐月(おおとり さつき)
彩夏、麗架のクラスの委員長で二人とは親友同士。また、美術部の副部長でもある。眼鏡をかけていてやや気難しいところがあるようにみえるが、本当は病気がちな彩夏のことを心配している。機嫌を損ねると髪の毛をかき上げる癖がある。
真宮 璃々香(まみや りりか)
羽未と同じ1年III組(リオン)の生徒。如耶の遠い親戚で彼女に憧れており、彼女に会うためフランチェスカに入学した。プライドが高く我が侭な性格で如耶を他人に渡したくないと思っている。6人のメインヒロイン以外で章仁とのHシーンがある唯一のキャラクター。
那岐沢 千砂(なぎさわ ちずな)
羽未やソーニャがアルバイトをしている学園内の喫茶店・黎明館(れいめいかん)でウェイトレスをしている女子大生。面倒見が良く、羽未達にとって頼もしい女性。いつも優しく、「にっこり」と微笑んでいるが怒らせると怖く、そのときには「に゛っごり」と微笑む。
大神 千絵(おおがみ ちえ)
章仁達のクラスの担任教師。担当科目は国語。とても厳格で生活態度や礼儀作法に厳しくお説教も長いが、生徒のことをよく想っている。学園ではいつも眼鏡を掛けているのでわかりにくいが、実はかなりの美人であり生徒達の知らない意外とくだけた一面も持っている。
桐生 舞衣(きりゅう まい)
学園内の教会でシスターを務める女性でソーニャの養母。フランチェスカ女子寮の寮長も兼任している。教会のシスターにしてはやや豪快で、既成概念に囚われない自由奔放な性格。優しく朗らかでソーニャのことを大切にしている。酒癖が悪いのが珠に瑕。
竜禅寺 徹哉(りゅうぜんじ てつや)
フランチェスカ学園の校医。剣道部の顧問と黎明館の臨時オーナーも兼任している。「竜禅寺徹哉」なる硬派な名とは裏腹に、童顔で背は低く外見はまるで十代の少年である。優しく温厚で章仁の相談にも親身に応じてくれる。過去に柔道をしておりかなりの有段者であるらしい。
越小路 博嗣(えんのこうじ ひろつぐ)
名門・越小路家の御曹子。如耶とははとこ同士に当たり、彼女の許婚(いいなずけ)でもある。高慢な気取り屋で章仁を見下すような態度をとり邪魔者を蹴落とすためならどんな卑怯な手も平気で使う。文武両道でフランチェスカとは異なる名門男子校に通っており、剣道の実力も章仁より上。

聖フランチェスカ学園
本作の舞台となる「聖フランチェスカ学園」は生徒の大半が裕福な家庭の娘という元お嬢様学園。広大な敷地の中には自然公園も設置されており、礼拝堂や剣道場、喫茶店等の施設も充実している。生徒のほとんどは学生寮生活を送っており、それぞれに個室が割り当てられている。羽未達の住む女子寮は校舎のすぐ近くでデザインにも凝っており、高級マンション並の大きさと豪華さを誇っているのに対し、章仁達の暮らす男子寮は校舎から歩いて15?20分もかかり、最近建てられたばかりで外観も悪く、まるで工事現場の作業員用に設置されたプレハブ小屋のようである。

朝・晩の食事は月曜日から金曜日までは基本的に寮の食堂で出されるが土曜日の夕食だけは事前の申請が必要となる。昼食は弁当を持参したり購買でパンなどを買って済ませるほか、学園内にあるメイド風喫茶店「黎明館」を利用することもできる。校則はやや厳しく、アルバイトをすることが禁じられているが、例外的に黎明館のみ働くことが許されている。また、寮の個室にテレビを持ち込むことも許されていないが章仁はテレビだけでなくビデオデッキまで自室に持ち込んでいる。

女子生徒の制服の色は学年によって異なり1年は赤系統、2年は青系統、3年は緑系統である。各クラスには1年III組がリオン(Lyon)、2年V組がソレイユ(Soleil)、3年I組がロサ・エグランテリア(Rosa Eglanteria)、3年IV組がロサ・モスカータ(Rosa Moschata)というような通称がある。授業レベルは高いほうであるが非常に難解だというわけではない。またキリスト教系の学校であるため、各クラスとも週に一度教会での礼拝が実施される。また、夏以外の季節にも体育の授業では月に一度水泳の授業がある。

学園内で大半の女生徒達に遣われる言葉は「〜ですわ」「〜ますわ」などお嬢様風で、上級生は「〜先輩」ではなく「〜さま」「〜姉さま」と呼ばれることが多い。出会いや別れの挨拶には「おはよう」「こんにちは」「さようなら」ではなく「ごきげんよう」と言うのが慣わしとなっている。

なお、BaseSonの次回作『恋姫†無双 〜ドキッ☆乙女だらけの三国志演義〜』の主人公・北郷一刀(ほんごう かずと)の通っている学園も聖フランチェスカ学園である。

ゲーム進行
ゲーム期間となるのは章仁が聖フランチェスカ学園に入学した2005年4月から、学園で最初の中間試験が実施される時期までの約2ヶ月間。シナリオ前半部分の「共通ルート」では各ヒロインに会いに行くか、メッセージテキストにて正しい選択肢を選ぶと、ヒロイン達からの好感度が上昇する。共通ルート終了時までに1人以上のヒロインからの好感度が一定以上に達していると、そこからさらに「ヒロイン別攻略ルート」である「羽未&結衣佳共通ルート」「如耶ルート」「ソーニャルート」「莉流ルート」「彩夏ルート」のいずれかに分岐する。

他の4人のヒロインとは異なり、羽未と結衣佳の場合はしばらく共通のルートを辿り、そこからさらに選択肢によって「羽未ルート」「結衣佳ルート」に分岐する。ただし、結衣佳ルートに入るためには、先に羽未ルートをクリアしておかなければならない。羽未と結衣佳のルートはストーリー上密接な関わりがあり、この2つのルートでは本編最大にして衝撃の真実が明らかとなる。

このゲームは基本的にコメディタッチで構成されており、ギャグシーンなどではキャラクターが2頭身デフォルメ化するなどの演出があるが、ストーリー後半部ではシリアスシーンの占める割合が多くなり、ゲーム進行によってはかなり陰惨なバッドエンディングを迎えてしまうこともある。(BaseSonブランドが本作以前に発売した3作は『ONE2 〜永遠の約束〜』(『ONE 〜輝く季節へ〜』の姉妹作)、『屍姫と羊と嗤う月 -cry for the moon-』、『夕緋ノ向コウ側』というもので、暗く重く怪奇的な雰囲気を持つ作品だった。)

一度クリアすると、タイトル画面に「CGモード」「回想モード」「音楽モード」が追加され、さらに6人のヒロイン全員のクリアに成功するとタイトル画面の画像が羽未とソーニャの下着姿に替わる。

2009年01月28日

サボ島沖海戦

サボ島沖海戦(サボとうおきかいせん)とは、第二次世界大戦において1942年10月11日深夜?12日に日本軍とアメリカ軍の間で行われた海戦である。連合軍側の呼称はエスペランス岬沖海戦(Battle of Cape Esperance)。なお、連合軍側呼称の「サボ島沖海戦」は日本軍側での第一次ソロモン海戦のことを指す。
ビレッジ ジュレーター ララバイ 幸せの鳥 モノライン ギンヌン オプシン レンズ じゅん ナッパ トマト データ リデュース ピンサロ ブッフェ ニング エンド ちゃうす デンド ドライブ クロマ レトロ シロホン タンタン オーダ キットキ メソポ オフデ スイス デシベル ノニ チョコ ムルデ ジャバ オパール ソワニ カノン カキラン ニズム ロード フィード シュルント ミードテ リニアック たてあな ランナ バギナ パイント ドスキン ヨーデル

経緯
日本軍はアメリカ軍との戦闘が続くガダルカナル島に対する重火器の輸送を企図し、その支援のため第六戦隊を基幹とする艦隊をガダルカナル島近海に送り込み、ヘンダーソン飛行場の砲撃を計画した。一方、アメリカ軍も航空偵察によって日本艦隊の出現を察知しており、艦隊をガダルカナル島近辺に進出させていたため、両艦隊の間に戦闘が発生した。

戦闘経過と結果
] 会敵
10月11日、重火器を搭載した水上機母艦「日進」「千歳」を中心とする輸送隊は、2110(日本時間。以下同)ガダルカナル島タサファロング泊地に到達、物資の揚陸を開始した。一方支援部隊の重巡洋艦「青葉」を旗艦とする第六戦隊は、飛行場砲撃の準備を整え、サボ島の沖合に進撃した。青葉は地上攻撃用の特殊砲弾を装填していた。戦闘配置直後の2143、青葉の見張員が「左十五度、艦影3、針路南西、距離100(1万m)」とアメリカ艦隊を発見した。

日本軍の誤認
ところが五藤少将はこれを味方輸送隊と誤認するという致命的なミスを犯す。位置関係や時間帯からも、これが輸送隊である可能性は低かった。旗艦「青葉」の見張り員がさらに距離7000mで「前方の艦影は敵艦」と報告したにもかかわらず、戦隊司令部は同士討ちを恐れて対応が後手に回った。未確認にもかかわらず近づく艦隊を味方と疑わなかった五藤少将は、警戒のための之字運動も命じずに艦隊を直進させつつ敵味方確認の為に発光信号で確認を取らせた。

この直後、アメリカ軍は旗艦「青葉」に探照灯照射と先制攻撃を行い、青葉は集中砲火を浴びた。戦闘はアメリカ軍にとって理想的なT字隊形となっており、日本軍は完全に出鼻を挫かれた。この時点になっても未だに五藤少将は同士討ちを信じて疑わず「ワレアオバ、ワレアオバ」と敵艦隊に発光信号を送り続けさせた。そして初弾から「青葉」は艦橋に直撃弾(不発)を受ける。艦橋正面から後方へ貫通した一弾によって戦隊司令部は一瞬で壊滅、五藤少将も左足切断の瀕死の重傷を負い、主砲射撃方位盤及び通信装置は破損。さらに第2砲塔も命中弾を受け使用不能となり有効な反撃も出来ないまま青葉は戦闘能力を喪った。

アメリカ軍の混乱
理想的隊形で先制奇襲に成功したアメリカ軍であったが、内情は日本軍同様に混乱していた。ノーマン・スコット少将率いる巡洋艦部隊(旗艦・重巡サンフランシスコ)は、日本艦隊迎撃の任を受けてエスペランス岬沖を警戒していたが、サンフランシスコの水偵が日本軍輸送隊を発見し、スコット隊はサボ島西方に進出した。

2325、軽巡「ヘレナ」のレーダーがいち早く日本艦隊を捉えた。2132、スコット少将は一斉回頭を命じた。ところがこの時混乱が生じた。前衛の駆逐艦二隻(「ファーレンホルト」「ダンカン」)が後落してしまったのである。以降、各艦のレーダーも日本艦隊を捉え出したが、報告位置に差がありスコット少将はこれを分離した前衛の駆逐艦かもしれないと思い判断に苦しんだ。

刻々と時間が過ぎる中、軽巡「ヘレナ」は、肉眼でも日本艦隊を確認し、フーバー艦長は旗艦に射撃許可を求めた。旗艦は、この通信に対して「受信した」という程の意味で「Roger(了解)」と返信した。フーバー艦長はこれを射撃許可が下りたものと誤解して2146射撃を開始し、これにより米艦隊は一斉に砲門を開き戦端が開かれたのである。スコット少将はすぐに射撃中止を命じたが、興奮した部下たちを制止することは不可能だった。

混乱する戦局
五藤少将から指揮権を引き継いだ「青葉」艦長久宗米次郎大佐は不利な態勢からの脱却を図る為、それまで取舵をとっていたところを逆に面舵をとって右反転、最大戦速での一時離脱を図った。直後に射撃していた艦隊は敵艦隊との見張員からの確認を受けたスコット少将は砲撃再開を下令する。

日本艦隊もようやく反撃を始めるが正確さを増す敵弾は「青葉」と「古鷹」に集中し、「青葉」は地上砲撃準備の整っていた後部第3主砲塔に直撃を浴び、装填中の零式弾及び装薬が誘爆して砲員を全滅させ、直下の弾薬庫に火災の炎が侵入しかける事態となった。地上攻撃用の触接信管であったことが災いした。この際、掌砲長が火災をかいくぐって第3砲塔に辿りつき間一髪のところで弾薬庫への緊急注水に成功。爆沈は免れたが、弾庫員は全員水死した。2150、40発以上の命中弾を受けて上部構造物は滅茶苦茶にされたが、喫水線下と機関は無事だった「青葉」は戦況不利と見て煙幕を展張して全速で避退に移った。

続く重巡洋艦「古鷹」はこの煙幕に上手く潜り込めなかった。元々「古鷹」は敵の発砲に対し艦長荒木伝大佐が即応しており、取舵を取り一旦離脱を図ろうとしていた。しかし旗艦「青葉」に敵弾が集中するのを見て、救援をするために面舵を取り直し即座に敵艦隊と「青葉」の間に「古鷹」を割り込ませたのである。これが仇となり、「古鷹」は離脱を図る「青葉」の代わりに集中砲撃を浴びたのである。「古鷹」は魚雷発射管に命中弾の破片を浴び、装填中の九三式酸素魚雷から酸素が漏れて火災となり格好の目標となってしまったが果敢に応戦し、照射射撃をして位置を晒した軽巡「ボイシ」に四発を命中させた。しかし被弾がひどく最終的に大小90発以上の敵弾を浴びて、2240、終に航行不能となってしまう。

殿艦だった「衣笠」は先制攻撃の被害を免れ、駆逐艦「初雪」と共に当初の予定通り取舵をとって左反転しつつ反撃に転じ「ボイシ」と重巡「ソルトレイクシティー」と砲撃戦を演じボイシを大破し、ソルトレイクシティーを小破させた。この間、駆逐艦「吹雪」は敵味方識別の為距離1500まで近づいたところを重巡「サンフランシスコ」から照射を受けた為敵艦隊の集中砲火を浴び、慌てて「吹雪」は右反転、離脱を図るが集中した敵弾からは逃れられず2153弾薬庫爆発により轟沈した。艦長以下乗組員220名が戦死、わずかに軽傷だった8名がガダルカナル島に漂着するという悲惨な最期であった。

一方で米軍も本体と分離してしまったファレンホルトとダンカンの2隻の駆逐艦が丁度日本艦隊と米艦隊の中間位置に突出した形となり、味方の誤射と日本軍の砲撃の両方を浴び、「ダンカン」は沈没、「ファレンホルト」は大破した。特にダンカンは日本軍に浴びた弾よりも味方から受けた命中弾の弾痕のほうが多かったといわれる。大破した「ボイシ」は弾薬庫に被弾したものの浸水が消火の役目を果たして沈没は免れた。2227、米艦隊は戦場を離脱し、戦闘は終了した。

航行不能となった「古鷹」は敵艦隊の戦場離脱によりそれ以上の損害を出すことは免れたが、修理の見込みはなく総員退去命令が下され、翌12日零時半頃、転覆沈没した。この海戦では両軍とも魚雷の命中はなかった。

重なる損害
一方輸送隊は0050、揚陸作業を完了し、護衛の駆逐艦から「白雲」「叢雲」を第六戦隊救援に向かわせたが、「叢雲」が生存者救出後避退中にガダルカナル島から発進した敵機20機の空襲を受け航行不能となり、さらにこの救援に向かった「夏雲」も敵機11機の空襲を受け至近弾数発を受け沈没、結局両艦の生存者を「初雪」が収容した後、「叢雲」は「初雪」の魚雷により処分され、駆逐艦2隻がさらに犠牲となってしまった。

海戦後
第六戦隊司令官五藤存知少将は翌早朝、退却途上の艦上にて出血多量により戦死したが、最後まで同士討ちを受けたと信じていたと言われている。第一次ソロモン海戦で苦杯を嘗めた米軍が夜戦を挑んでくるはずはないという油断と慢心が、五藤少将の判断を誤らせたと思われる。日本軍でもこの戦訓は認識しており、10月15日に連合艦隊参謀長宇垣纒少将は自身の日誌、「戦藻録」で第六戦隊司令部は警戒心が無さすぎ、この戦いは衣笠一隻で戦ったようなものだと、判断ミスを犯した第六戦隊司令部に対して手厳しい批判を書き記している。

“ 当時の戦況を仄聞(そくぶん)するに無用心の限り、人を見たら泥棒と思へと同じく、夜間に於(おい)て物を見たら敵と思へと考えなく、一、二番艦集中攻撃を蒙(こうむ
)るに至れるもの、殆ど衣笠一艦の戦闘と云ふべし。

? 宇垣纒, 戦藻録

日本軍は手痛い敗北を喫し、飛行場砲撃という目的は達せられなかったが、輸送作戦そのものは成功したとも言える。この戦いは日本軍が得意とした夜戦でアメリカ軍が勝利した初めての戦いであり、レーダーの利用について自信を持つことになる。しかし実際にはアメリカ軍の混乱も大きく、日本軍指揮官の不手際と、命令伝達ミスが結果的に絶妙の先制攻撃となったこと等が米側に僥倖となった。